九の三 今の世の中は…

現代語訳

今の世の中は金さえあれば、もとより便利しごくだ。しかし金がなければ不便またこの上ない。それが今の世のしくみだ。だから、一方には肉体の健康維持に必要な衣食さえない者がたくさんいるのに、そんな事には全くおかまいなく、他方には金持ちが欲しがるぜいたく品が、山のように生産されている。

これを単に金持ちの利己心の立場から見たなら、誠に調子のよい巧妙な仕組みだが、もし社会全体の利益を考えるなら、これを放置していいかと疑問が起こる。

しかし不思議にもわが経済学は、現代経済の都合のよい一面だけ観察して誉めたたえる。その組織の下にある利己心の活動を、最も自由に放置することが、やがて社会公共の利益を増進する最善の手段だと主張する。そうして創り出された。

調べてみると、個人の私益と社会の公益とが常に調和一致するという、正統経済学派の思想の源泉は、遠く18世紀の初頭に発生したようだ。今から210数年前の1705年、もとオランダの医者で後に英国に移住したマンダヴィルは、自作の英詩に『不平を鳴らす蜂の群れ』という題を付け、これを定価わずかに6ペンス※1の小冊子に印刷して出版した。

この詩編は、出版から8年後の1714年に、著者が自分で注釈と論文などを加えて、『蜜蜂物語*』と改題して再版した。これはごうごうたる世間の非難を受けた。つまり著しく世人の注意を引いたわけだが、これがそもそも英国での、利己心是認思想の始まりである。
Manderville, Fable of Bees※2.

『蜜蜂物語』は別名『個人の罪悪はそのまま公共の利益』と題したことで明らかなように、各個人がその私益私欲をほしいままにすれば、やがて公共の利益、社会の繁栄を増進すると説いた。大正の御代(みよ)のありがたさで、210数年前遠い異国で書かれたこの物語も、今は京都大学の図書館に一冊がある。では試しに蜜蜂の詩の末尾に置かれた、「教訓」と題する短詩を見れば、その末句は次の通り。

「だから悲しむのをやめよ、
正直な蜜蜂の巣を、
偉大にするのは、
ただ愚か者のしわざである。
「大きな罪悪なしに、
便利安楽な世の品々を受けとったり、
戦場で勇敢なのに
平時は安逸に暮らそうとするのは、
つまるところ脳裏の夢想郷だ。
×
「このように罪悪は、
それが正義で制御される限り、
実に世に有益な泉だ。
いや、国民を偉大にしようとするなら、
罪悪が国家に必要なのは、
人を飲み食いさせるには
まず飢えと渇きが必要なのと同じだ。」

今私は、この蜜蜂物語の内容をここで詳しく紹介する余白をもたないが、以上の一二句を見れば、個人の私欲はすなわち社会の公益をもたらすという思想が、だいたいどんな調子で説き出されているかがわかるだろう。
ともあれ、今より210数年前、英国に帰化したオランダの一医者が歌い出したこの一編の悪詩は、奇縁か悪縁か、後に正統経済学派の根本思想の種子となった。はなはだ哀れな出発点だが、わが経済学の素性を洗えば、実はこんなものだ。
(11月22日)

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訳注

※1)ペンス:つい最近(1971)まで英国は12進法で、1ポンド=20シリング=240ペンスだった。18世紀初頭に英国で通用したポンド貨幣はギニー金貨で、造幣局長官でもあったニュートンの主導で鋳造されたという(wiki)。例によって金価格で換算、と考えたが、余りに時代が違いすぎ、金銀交換比率なども今とは違うから、計算はさじを投げた。

ただし12ペンスがだいたい、今の「チップ」として適当な額だと言うから、6ペンスはたいそう安い値段だと見当はつく。だいたい、1~200円ぐらいだろうか。

※2)原文は以下の通り。

A Spacious Hive well stock’d with Bees,
That lived in Luxury and Ease;
And yet as fam’d for Laws and Arms,
As yielding large and early Swarms;
Was counted the great Nursery
Of Sciences and Industry.
No Bees had better Government,
More Fickleness, or less Content.
They were not Slaves to Tyranny,
Nor ruled by wild Democracy;
But Kings, that could not wrong, because
Their Power was circumscrib’d by Laws.
The “hive” is corrupt but prosperous, yet it grumbles about lack of virtue. A higher power decides to give them what they ask for:

But Jove, with Indignation moved,
At last in Anger swore, he’d rid
The bawling Hive of Fraud, and did.
The very Moment it departs,
And Honesty fills all their Hearts;
This results in a rapid loss of prosperity, though the newly virtuous hive does not mind:

For many Thousand Bees were lost.
Hard’ned with Toils, and Exercise
They counted Ease it self a Vice;
Which so improved their Temperance;
That, to avoid Extravagance,
They flew into a hollow Tree,
Blest with Content and Honesty.
The poem ends in a famous phrase:

Bare Virtue can’t make Nations live
In Splendor; they, that would revive
A Golden Age, must be as free,
For Acorns, as for Honesty.

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