現代語訳
きょうはきのうの葉切り蟻※の話の続きである。
この蟻が木の葉を切っては、盛んに自分の巣に持ち運びしているというベーツ氏の観察は、きのうの紙上に訳載した。その蟻がなんの目的でこんな苦労の多い、めんどうな仕事をしているかを、ベーツ氏は説明できなかった。もっとも氏自身は、これは地下の巣に至る入り口をふさぐためのものだと説明し、それで充分にその理由を発見できたと思っていた。しかしそれが間違いだった事は、後にトマス・ベルト氏の観察によってわかった。
このベルトという人は、鉱山技師としてニカラグアにいた。専門の博物学者ではないけれども、昆虫の生活状態を研究することを、特別の趣味とする人で、この人が初めて、葉切り蟻がキノコを栽培していることを発見した。もっとも氏が、初めてこのような事実を発表した時には、誰もこれを信じる者がなく、専門学者はすべてその虚構を嘲笑した。しかしその後、専門学者がだんだん研究に着手してみると、ベルト氏の言った事が間違いでないばかりか、氏の報告以外に、さらに種々の事実が次第に確かめられることになった。
ベルト氏は葉切り蟻の巣を、単に土地の表面より観察するばかりでなく、さらに土を掘って巣の内部をのぞいてみた。ところが地下にはたくさんの部屋があって、その中のあるものは丸くて、直径13cmぐらいの広さになっている。そうしてその部屋のほとんど4分の3ぐらいは、ポツポツのあるとび色の海綿のような物で満たされている。そのほかには、たとえば蟻が盛んに持って入る、青い木の葉は全く見つからない。
これはどういうわけかというと、木の葉はいつの間にか変わって、こんな海綿のようなものになっている。そうしてその海綿状のものには、たくさんのキノコができている。蟻の幼虫はこの部屋に連れられていて、他の蟻がキノコを切ってはそれを食べさせている。この幼虫の養育は、小さい方の働き蟻の仕事だが、大きい方は、キノコの床造りをセッセとやっている。
すなわち青い木の葉が部屋の内に運ばれて来ると、それをすぐ小さく切る。一々それをなめては掃除しながら、小さな団子に丸め、それをだんだん積んでいく。それが室内の温気と湿気とで蒸されて、だんだんキノコが生える。もしそれが新しい床なら、古い床からキノコの種子を持って来て、それを新しい床に植え付けるのだということだ。
もし人間がその床を切り取って巣の外に持ち出し、適当な場所に置いておけば、直径15cmぐらいの大きなキノコができるが、蟻はそんなに大きなキノコは好まぬので、小さなつぼみができるとすぐにそれを切り取って、大きくはしないということである。(1915年出版、ステップ氏『昆虫生活の驚異』28ページ以下による*)。
* Edward Step, Marvels of Insect Life, 1915. pp. 28–34.
さて葉切り蟻がキノコを栽培する様子は、だいたい上述の通りだ。これはよく考えてみると、実に驚くべきことである。なぜかと言えば、この蟻の棲んでいる地方には、天然のキノコがたくさんできるのだが、ただそれには一定の季節があり、また気候や湿気の具合で、その供給に変動がある。そこで年中一定のキノコを食べようと思えば、暗い場所へキノコの床を作って、温度を加減して行かねばならない。
現に今日われわれ人間がキノコの人工培養をするには、つまりそういう方法でやっている。しかしこの葉切り蟻は、人間よりも先にそういう発明をしたわけだ。注目すべきは、彼らが切り取ってくる木の葉そのものは、全く彼らの食料とはしないものである。そんな差し当たって役に立たない物を一たん取ってきて、その後目的の食物を作り出すなどということは、経済学者のいわゆる迂回的(うかいてき)生産に属するもので、いかにも彼らの知識は、高度の進歩を遂げていると見なければならない。
(10月5日)
訳注
※これほど面白い生態を持つハキリアリだが、wikiには独立ページが立てられていない(その後追加)。訳者が知り得た情報によると、このアリが育てるキノコはアリタケと言い、ハキリアリの巣以外では見られないらしい。誰の本だったか今記憶が定かでないが、ある生物学者によると、これはアリよりもむしろ、キノコにとって都合の良い話である、ともいう。
中米のアリとあって、ハキリアリもまたグンタイアリのように凶暴と思いたくなるが、実はおとなしいという。