三の四 今から10年前の…

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現代語訳

今から10年前の1906年、あの英国で「食事公給条例※1」が議会を通過したのも、つまるところは前回に述べた通り。モーリスの論文が世間の注意をひいて以来、さまざまな調査研究が行なわれた結果、食物の良否が国民の健康に及ぼす影響が極めて甚大だと、次第に発見されたためだ。

この条例は、貧乏な小学児童に公費で食事を給与する、それを各地で実施するための法律である。その規定の詳細は、私はここで説明しようとは思わない。ただ、そのだいたいの精神を伝えることは、この物語を進める上にすこぶる便利だと考える。

たとえばこの法案が議会に提出された時の議事録を見ると、1906年3月2日、下院でウィルソン氏がした賛成演説には、次のような一節がある。

「諸君の中には、今日児童の大多数が食物なしに、または栄養不足の状態の下に、通学している事を否認する方はあるまい。今この法案の目的は、すなわちこのような児童に、食事を給与するにある。
そもそも児童養育の責任は誰にあるかについて、もちろん諸君の中に種々の異説があるだろう。すなわち諸君のうちある者は、自分の子供を養うのは親の義務ではないかと言だろう。
しかし、もしそう論じる方が、これら両親が現に得ている収入を考えられたなら、彼らがその家族に適当な衣食を供給するのは、絶対に不可能なことを承認されるであろう。……」

「私は諸君が、この問題を単に計算上の損得問題として考えられてもさしつかえないと思う。これは必ずしも人道、慈悲ということに訴える必要のない問題だと考える。
そもそも、いろいろな肉体上及び精神上の病気や堕落は、子供の時代に充分に飯を食べなかったという事が、その大部分の原因になっている。ならばもし国家の力で、飢えながら育った人間をなくせるなら、次の時代の国民は、皆、国家社会のため相当の働きができる人間になってくる。
そうなれば今日国家が、監獄とか救貧院とか感化院とか慈善病院とか、いろいろな設備や事業に投じている費用はいらなくなる。かえってそのほうが、ソロバンの上から言っても利益になる。」

「ある人は、このような事業は民間の慈善事業に任せろと主張するかもしれない。しかし私は、この大切な事業を民間に任せっぱなしにしてから、もううんざりするほどの時間が過ぎたと考える。私は満場の諸君が、人道及びキリスト教の名において、この案を可決されん事を希望する*。」
* Heyes, British Social Politics, 1913. pp. 110–112.

もちろんこの法案には反対演説も行なわれたが、煩わしいからそれは省略する。そこでもう1つ、時の文部大臣ビレル氏の、同じ日の下院演説の一節だけ、ついでに書きしるす。

「私は考える、諸君の大多数は人の親であり、諸君のすべてはかつて子供であり、また諸君のある者は教師であった事もあろう。そうして、そういう境遇を経られた以上、諸君は、飢えてやせ衰えた子供に、宗教上または学問上の事がらを教えようとする事が、いかに残酷な所業であるかを承知されているはずだと思う。
このような児童に、物を教えるため租税で取り立てた金を使うのは、公金を無益に浪費するというものである。
……だから今ここに飢えた児童がいるなら、まずそれに物を食わしてやるか、そうでなければその者の教育を断わるほかに道はない。しかし私は文部の当局者として、断るという方法を採るわけにはゆかぬ*。……」
* Ibid. pp. 116–119.

貧しい児童への給食は”施し”ではなく、社会にとっての”必要”である。

法案提出者と賛成者の意見は、だいたい上述の通り。その趣旨は議会で多数が是認し、さらに国王の裁可を得て、同年(1906年)の12月21日に、いよいよ法律として公布された。今その全文を訳すと、次の通り。

  1. 1902年の教育条例第3部に規定した地方教育官庁は、その管轄内で公立小学校に通学する児童のため食事を給与するについて、その必要と認める処置を採ることができる。そしてこの目的のために――
    1. 地方教育官庁は、これら児童に向かって食事給与の実行に当たる委員(この条例ではこれを「学校酒保委員*」と名づける)にその代表者を出してこれと協力することができる。また、
      * School Canteen Committee.
    2. その委員を助けるため、その事業の組織、準備及び経営に必要な土地、建物、家具及び器具、ないし役員及び使用人を給することができる。
      ただし、特に規定する場合のほか、地方教育官庁は、このような食事に用いられる食物の購買に関し、なんらの費用をも支出してはならない。
  2. この条例にもとづき、児童に食事を給与した時は、各食事につき各児童の両親より、一定の金額を徴収することができる。その額は地方教育官庁が定める。しかし両親がもしこれを支払わない場合に、その原因がその怠慢ではないことが明白でない限りは、地方教育官庁はその両親に支払いを請求する義務がある……。
  3. 地方教育官庁は、その管轄内の小学校に通学する児童のうち、食物の不足のために、施されている教育の利益を充分に受けられない者がおり、かつ公の財源以外では、この条例にもとづく食事の給与に要する食物の費用を支弁できない、またはその額が不足することを確かめた時は、その旨を文部省に知らせることができる。
    そして文部省は、地方教育官庁に通達して、このような食物の給与の費用を支弁するに必要なだけの額を、地方税の中から支出する権限を与えることができる。ただし地方教育官庁が、1会計年度内にこの目的のために支出しうる総額は、1ポンドにつき半ペニー※2の率を越えてはならない、……。
  4. (省略)
  5. (省略)
  6. 公立小学校に職を求める教師、または現に職を奉ている教師は、この食事の給与に関し、またこれに要する費用の醵金(きょきん)に関し、その義務としてその監督または補助をすることを要求され、または監督または補助に関与してはならないとと要求されない。
  7. この条例はスコットランドに適用しない。
  8. この条例は1906年の教育(食事公給)条例と名づける。

(9月26日)

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訳注

※1)食事公給条例:Education (Provision of Meals) Act 1906。国法だから、本来は「法」と訳すべきかとも思う。しかし”Act”をあえて原文通り「条例」と訳した。

ここ20年来、英法の”Act”を条例ではなく法と訳す例が増えた。訳者の頃には、”Tea Act”を「茶条例」と習ったのだが、近年では「茶法」と検定教科書にも書かれるようになっている。

※2)ポンド:いわゆるスターリング・ポンドで、1971年まで英国風の12進数制の影響により、1ポンド=20シリング=240ペンス(ペニー)だった。この当時は金本位制で、1ポンド=直径22mm、重量7.98805g、金純度91.67%の標準金貨(ソブリン金貨)に相当した。

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コメント

  1. […] その人の話によると、英国は救貧授業に300年を費やしたあげくに、現在僅かに整うに至った。デンマークは英国以上に整備されているが、仏、独、米などは今や各自各様に努力して、少しの猶予もないという。この取り組みは、私共が注力してきた点と同じに見える。 […]