現代語訳
貧乏人が多いのは英国ばかりではない。英米独仏その他の諸国、国により多少事情の相違があっても、大体はいずれも貧乏人の多い国である。たとえばハンター氏が米国の状態について推算したところによれば、私のいう2つめの貧乏人、すなわち各種の慈善団体に属する貧乏人は、その数400万人で、さらに3つめの貧乏人、すなわちこれら慈善団体の恩恵から独立して生活する貧乏人は、その数600万人。
これらを合計すれば、米国での貧乏人の総数は、実に1,000万人に達しているという(ハンター氏『貧乏』1912年、第14版、60ページ*)。思えばこのような事実を列挙したら、おそらく際限はあるまい。しかし私は読者のうんざりを防ぐため、これ以上同様の統計的数字の列挙を控えることにする。
* Hunter, Poverty, 14th ed., 1912. p. 60.
私はこの物語を、すべての読者に見て頂きたいとは思わないが、もし一度読み始めた方があるなら、最後まで読み続て頂くことを切望する。というのは、筆者の窮極の主張がどこにあるかを、誤解しないで頂きたいからだ。それゆえ私はできる限り、読者を釣って逃がさぬ工夫をしなければならない。
ただしここでもう一言、当然の疑問に説明を加えよう。その疑問とは、英米独仏の諸国に、そんなに大勢の貧乏人がいるなら、これらを世界の富国と呼ぶのはおかしいではないか、という疑問である。答えはこうだ。国民全体の人口に比べれば、極めてわずかな人々の手に、驚くべき巨万の富が集まっているからだ。貧乏人がいかに多くても、それと同時に、世界にまれな大金持ちがいて、国全体の富ははるかに、他の諸国を凌駕するからである。
富が一握りの金持ちに集まっている、甚だしい所有・所得格差
たとえば英・仏・独・米の4国について、富の分配のありさまを見ると、実に表の通りである。(昨年刊行キング氏著『米国人の富及び所得』96ページ*)。
* King, The Wealth and Income of the People of the United States, 1915. p. 96.

諸国における富の分配1
(表のうち、ドイツとあるのはその一部であるプロイセン、アメリカとあるのはその一部であるウィスコンシンの統計。調査の年次は1909年、ただしドイツは1908年である。)
この表は、米国の統計学者キング氏が最近発表したものだ。私はめんどうを避けるため、氏がどのような材料をどのように利用して、この表を作ったか、その説明を省略する。いずれにしても決して正確なものではないが、しかしだいたいの状況は、ほぼ見て取れる。
たとえばその一部を説明すると、表のうち、最貧民とあるのは、第1の貧乏人、すなわち富者に対する貧乏人という意味だ。この表では、全国民中で最も貧乏な者を、下から全人口数の65%に達するまで数えて、最貧民としてまとめてある。その全人口の65%が所有している富の割合はいくらか、それが記してある。
そしてその結果は、表に示すように国によって多少の違いはあるが、まず英国については、その65%の人間が寄り集まって持っている富の分量は、全国の富のわずかに1.7%しかない。比較的、下層階級の富有な米国でも、同じく65%の貧乏人が、富のわずかに5%余りしか所有していない。
さて最も貧乏な65%の次は、上にのぼって、今度は全人口数の15%に相当する人員をまとめてある。これが中の下だ。同様にその次の18%が中の上。最後に残った、全国民中最も富んでいる、全人口数のわずかに2%をまとめて、これを最富者とする。そしておのおのが所有する富の割合を算出してある。

諸国における富の分配2
ここで最富者の部分だけを見れば、人口のわずかに2%が持つ富は、英国では全国の富の約72%、フランスでは60%強、ドイツでは59%、米国では57%である。貧富の差がはなはだしいこと、このとおりだ。

ローレンツ曲線
ここで上で掲げた、諸国での富の分配を、ローレンツ曲線に現わしてみよう。横軸は世帯全体に占める割合、縦は富の占有率を示す。世帯は最も貧乏なものを右端に、それから順次左に富める者を並べてある。
この図が意味するのは、たとえば英国の曲線について言えば、全世帯の内下から65%は、曲線の高さでは約2%しかない。つまり最も貧乏な世帯から数えて65%は、全国の富の2%しか持っていないことを示す。この図はアメリカの統計学者ローレンツ氏 (Dr. Max O. Lorenz) の発案ゆえに、ローレンツ曲線という。
とどのつまり、英米独仏の諸国に、実に多数の貧乏人がいるにもかかわらず、世界の富国と呼ばれているのは、古今にまれな、驚くべき巨富を抱えている、少数の大金持ちがいるためである。
(9月18日)
訳注
原文のローレンツ曲線のグラフは国会図書館のデータを調整して掲載した。訳者であるわたし九去堂は、そこまでエクセルに長けていないので。
なお近年の、各国内の貧富差統計の一例は、以下の通り。

所得格差
出典:http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4651.html
統計学で言う階級の分別、経済学で言うストックかフローか、それらの違いが河上先生のご本との間にあるが、見つけた中で一番類似しているものを引用した。
日本を含め先進国の社会は、この100年でずいぶん、改善されたとは言えまいか。なおこの図について詳しくは、リンク先も参照されたい。
2009年度のもう一例は、次の通り。

ジニ係数
出典はwiki、ジニ係数による世界地図。
「係数の範囲は0から1で、係数の値が0に近いほど格差が少ない状態で、1に近いほど格差が大きい状態であることを意味する。ちなみに、0のときには完全な平等、つまり皆同じ所得を得ている状態を示す。社会騒乱多発の警戒ラインは、0.4である。」(wiki)
なおwikiでは、このような注意も喚起している。
・同じジニ係数で示される状態であっても、ローレンツ曲線の元の形が著しく違えば、実感として感じる不平等さがまったく変わってくる可能性がある。
・税金や社会福祉などによって再分配機能が充実した国の場合、初期所得(税引き前の給与)でのジニ係数と、所得再配分後のジニ係数が異なる。
・調査対象に特定の傾向がある場合は、1に近いからといって必ずしも不平等が悪いことになるとは限らない。
例えば、ある高級住宅地に年収10億円の人が99人、年収1兆円の大富豪が1人いるとする。そこでこの高級住宅地に住む100人を対象にジニ係数を計算すると約0.91となり、非常に格差が大きいが、年収10億円でもかなりの高収入であり、この状態が悪いとは一概に言えない。
再配分による修正や、日本のジニ係数推移については、wikiを参照されたい。