『貧乏物語』十二の四 私がぜいたくに…

現代語訳

私がぜいたくに反対する理由は、以上の通りだ。

もしこれを誤解して、一切の物質的生活の向上を否認していると言われたら、それは著者として大いに迷惑だ。たとえば食物にしても、壮年の労働者には一日約3,500〔キロ〕カロリーの食物を摂ることが健康維持に必要なら、そうして日本の労働者は、現にそれだけの食物を摂っていないなら、彼らの食物はすみやかに、その品質を改良しその分量を増加すべきと私は言う。

昨日までまずい物を少しばかり食べていた者が、今日からにわかにうまい物を腹一杯に食べることにしたと言っても、もしそれが彼らの健康を維持し増進するのに必要なら、私は決してこれをぜいたくだと言わない。そうではなく昔の人が、何もせず一日過ごすならその日は食わない、と言ったように、無益に天下の食物を消費するのをぜいたくと言い、その一切に反対するのだ。

私はこの趣意に沿って、たとえば自動車に乗るようなことも、これをぜいたくとしてまとめて反対はしない。その人の職業や事業の性質によっては、一日中あちこちを走り回る必要があるだろう。この場合なら、その人の時間を節約し、天下のためにより多くの仕事が出来るようなら、自動車に乗るのもまた必要であってぜいたくではない。

しかし何もしないでぶらぶらしている遊び人が、惜しくもない時間をつぶすために、風俗嬢を連れて自動車を走らせ、みだりに散歩中の詩人を驚かすような振る舞いを、真に無用のぜいたくと言うのだ。

またたとえば学校の講堂にしても、もし教育の効果を上げるために真に必要なら、ただ雨露をしのぐに足りるばかりでなく、相応に広大な建物を造っても、いっこう差し支えないと思う。簡易生活を尊ぶ禅僧連中が、往々にして立派な仏殿を建てたがるのも、同じような趣旨なら、あえてとがめる事ではない。

元来われわれは、全力を挙げて世のために働くのを理想とすべきだ。だからこの五尺の体も、実は自分の私有物ではない、天下の公器だ。だからなるべく大切にして長く役に立つようにするのは、われわれの義務だ。だから遊ぶのも御奉公の一つで、時によってはこの体にも、楽をさせぜいたくをさせてやらねばならない。しかしそれは、私の言うぜいたくではない、必要なのだ。遊ぶのではなくて、お勤めをしているのだ。

私の言うぜいたくと必要との区別は、ほぼ以上の通りだ。してみると、貧乏人は初めから大してぜいたくをする余裕を持たない。だから私は、倹約論は貧乏人に説くべきではなく、少なくとも貧乏人にだけ説くべきではなくて、主として金持ちに説くべきだと信じている。貧乏人はそうでなくとも生活必需品が不足して、肉体や精神の健康を害しているのに、その上へたに倹約を勧めると、どうにもこうにもならなくなる。

だから私が、ぜいたくこそ貧乏の原因だと言うのも、ぜいたくをすればやがて貧乏になるぞ、という意味ではなく、金持ちのぜいたくが、他の多数の人々を貧乏させ、そこから抜け出せないようにしている原因だという意味だ。この点から言っても、私の勤倹論は従来の勤倹論とはものの見方が違う。従来の勤倹論は、自分が貧乏にならないために勤倹しろと言い、その動機は利己的だが、私の勤倹論は、他人の害になるからぜいたくをするなというのであって、その動機は利他的なのだ。

『蓮如上人御一代聞書』に、「お膳を御覧になるたび、人の食えない飯を食うよ、とお思いになっておられました」とある。これを見て思いついたのだが、この一句を家々の食堂の壁に貼っておけば、おそらく天下にとっての無駄遣いが減ること、少なくないと思う。
(12月19日)

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訳注

※)自動車:驚くべき事に、日本の自動車史に関してまとまった記述がネット上では見つからない。トヨタ史とか、個別の車がいつ出来たとかの情報はあっても、登録台数の推移など、歴史と言えるような記述は書籍に求めるしかないようだ。

複数のサイトの情報を総合すると、本文掲載の1917年当時、エンジンまで含めた純国産車さえ既に登場していたようだが、普及そのものは微々たるありさまだったようだ。様子が変わるのが1923年の関東震災で、破壊されたインフラ復旧を契機と見て、フォードが支店を開いたらしい。

円タクの名で知られる、市内1円均一料金のタクシー営業が始まったのが、大阪で1924年、東京で2年後とwikiにある。少なくとも大都会で、人々が自動車を普段目にするようになったのが、この頃と考えても大きな間違いではないだろう。

従って掲載当時、自動車、とりわけ乗用車はよほどのぜいたく品と言ってよい。今で言えばプライベートジェットだろうか。自動車に芸者を乗せて乗り回すけしきはあったろうが、河上先生には許されざるぜいたくに見えても不思議はない。

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